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法律コラム

2023年01月

「悪い人なのに何故弁護するんですか?」

たまに聞かれることのある質問です。「きっと、お金のためなんでしょ」というところで、何となく皆さん納得されているのではないでしょうか。でも、本当はそうしたことではないと思います。現在の刑事事件の報酬は決して高額なものではありません。
では、何故、弁護士は、お金のためでもないのに、皆からある意味では蔑まれるような仕事(「悪い人」の弁護)をするのか?
私の理解では、そうなっているのは過去の反省によるものであり歴史の産物です。
過去には、捜査する人間(時に裁判官)が色々と調べて「こいつは悪い奴に違いない」と判断し、いわば正義感のようなものも手伝って拷問のようなことまでして白黒つけていく、それが正当化されるという時代がありました。そこには「どうせこいつの言っていることは嘘だろうから相手にしない」とか「こんな奴には味方はいらない」といった態度も見受けられました。そうして言い分もきちんと聞かずに(無理矢理)自白させて、それを根拠に今度は有罪にしてしまうといった事例も後を絶たず、その結果として、無罪の人が誤って有罪になってしまうという悲劇も起きました。そんなやり方には眉をひそめる人も相当数いました。そうした態度が最も顕著だったのが第二次大戦中ではなかったかと思われます。
それで戦後、その反省も踏まえて、疑われている側の人も、きちんと自分の言い分を言うことができるようにしよう、そのうえで、公正なルールに則って判断するようにしようということになりました。その方が、最終的に出てくる結論も説得力が増して、制度としても信頼されるだろうということもありました。そうして、誤判をできる限り防いで、刑事事件処理の制度としての信頼性も担保するため、その最も効果的な方策のひとつとして、もしかしたら「悪い人」かも知れないが、そのサポートのために弁護士を付けようということになりました。弁護士を付けて、言い分もきちんと言えるようにしよう、きちんと決められたルールが守られているかチェックしよう、そのようにして社会に信頼される公正な裁判を実現しようということになりました。それで「悪い人」にも弁護士が付くことになったわけです。
その意味では、弁護士は、本来的にとても損な役割を引き受けさせられたと言えるかも知れません。「無実の人を救う」という側面を除けば、とてもわかりにくい立場であり、周囲の理解を得ることは容易ではありません。ときに「お金目当て」という非難まで受けかねません。
しかも、現実の事件はきれい事では済みません。そこには様々な苦労があります。被疑者・被告人の中には、対応が非常に困難な人もいますし、無茶を言う人もいます。そのため口論になったり、身の危険を感じることもあります。そういう意味では割に合いません。
では、弁護士は嫌々やっているのかと言えば、私はそうではないと思います。多くの弁護士は、自分たちがきちんと適切に役割を果たすことで、無罪の人が有罪にならずに済んでいるのだ、そして、この民主的な社会の基盤が適切に保たれているのだという思いで、大きなやり甲斐をもって、その役目を果たしているように見受けられます。
弁護士は、他の立場では出来ない重要な形で社会に貢献している思いで「悪い人」の弁護をしているのです。
それって、すごく価値のあることだと思いませんか?
これが、上記のご質問に対する私なりの回答です。