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法律コラム

2026年03月

春ですね

暖かくなり、段々と春めいてきました。
節目の季節ですが、進学・就職と経て、いつの間にか53歳になってしまいました。気がつけば30年近く社会人をやっており、同年代の方の動画を見ていると、プライベートな領域を含めて全てを組織に捧げるように生きてきて、さて定年になったらどうやって自己を取り戻そうかとか、出世レースも勝敗が見えてきて切ないといったようなものが見受けられます。我ながら何だか不思議な感覚です。そんな年なんですね。私はというと、何の保証もないちっぽけな自営業者で、ずっと同じような仕事をしているので、年を取ったという実感が沸きにくいところがあります。ただ、そうした葛藤や苦しみとも基本的に無縁であり、「まあ、こんなもんかな」という感じで生きています。それはそれで悪くないように思います。
とはいえ、やはり世代というものはあるようで、もっと若い甥っ子や息子の話を聞いていると、仕事に関して、我々(昭和生まれ)とはまた違った価値観で生きているようです。彼らは転職に抵抗がなく、給与、休日、福利厚生をとても重視しており、プライベートな領域や自分の権利といったものに敏感で、自分をとても大切にします。その意味では社会が成熟したのだと感じます。
ただ、他方で、いかにも充実した人生を送っているようにSNSで背伸びしている人も結構見受けられますし、社会に目を向けると、自分の成熟度や経験値にそぐわないほどに権利意識が強過ぎる人もちょくちょく見受けられます。ちょっと強く注意されると「パワハラだ」と訴えたり、自分の至らなさを指摘されると逆恨みしてSNSで(まるで正義の側にまわったかのごとく)批判したりといった場面が散見されます。そうした面では精神的にかえって貧しくなってしまっているのではないかとも感じます。
ただ、翻って考えるに、そうしたことは多かれ少なかれ昔からあったことではないか、結局のところ、最終的には「個人」の問題ではないかとも感じます。結局、自分が何に価値を置いて、どのような価値観・道徳観に基づいて生きるかということに尽きるのかも知れません。先日、眠れずに青空文庫で夏目漱石の講演録を読んでいて、そう感じました。「最近の若い奴は…」と言い出したら、自分の側がお終いなのかも知れません。思考停止には陥りたくない。目を閉じる瞬間に後悔に襲われないことを祈ります。