法律コラム
いささかネガティブかも知れませんが
9月上旬に、昨年の交通事故で腰椎に入れた固定具を抜釘(と言うらしい)する手術を受けました。昨年の入院では、もう少しで半身不随になっていたと幾人もの医療従事者(医師、看護師、理学療法士)の方から聞かされていたので、固定具を抜去する手術とは言え、何かあったらと一抹の不安がありました。特に、ここ数年、周りに脳出血等で体に麻痺等の後遺症を抱えた人を何人も見ていたので、それなりに不安でした。ですので、手術が終わり、麻酔から覚めて、足がきちんと動いたときは心から安心しました。後はどれだけ元に近い状態まで戻せるかだなと思っています。
つい先日、ゲーム動画を参考にさせて頂いていた配信者の方が、別の予防的な出術に起因する合併症で脳出血を併発してしまい、右半身不随となってしまわれたことを知りました。それでもゲーム動画の配信を続けるので、楽しみにしてくれれば嬉しいと発信されていました。そう言えるまで、一体どれだけの苦しい葛藤があったかと思うと、何とも言えない気持ちになりました。
それとは別に、「自分はここまで生きてきたが、社会的には何も成し遂げていない」「でも、今こんなことに喜びを見いだして生きている(決して悪くない)」「これからも人生を楽しんでいきたい」という同年代の方の動画を見る機会がありました。何だか身につまされる内容でしたが、何故か心が少し軽くなりました。
そのような動画の視聴回数は結構伸びていました。多くの人が共感しているようでした。攻撃的で批判的な物事ばかりが目に付く昨今ですが、声を出さずとも静かに共感し、連帯感を持って誰かを支えようとしている人が、この社会にはきちんといるのだと感じました。救いを感じました。仕事柄争い事ばかりを扱っているので、余計そう感じるのかも知れません。
そうしたことを目にして、よく知りもせず他人の人生にあれこれ口を挟むことが(分かったように論評することが)、いかに不遜なことであるか改めて気づかされました。人は皆固有の思いを抱いて生きています。そこにある喜びも悲しみも各人に固有のものです。価値観も様々です。それぞれが自らの責めを負って生きています。他人がとやかく言えることではありません。そしてこの世から去ることで、その思いも、その方とともに天に還る。
色々と気の重い出来事も重なり、今月はそんなことをつらつらと考えていました。
そして、自分は人生をそれ相応に走り抜けられるかなと、ふと感じました。
でも、そんなこと分かるわけないですよね。
God Only Knows
ビーチボーイズが歌うとおりです。
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